News Release

膵がんの転移や再発を司るがん幹細胞を発見

がんの芽を標的とした新たな治療法開発に光明

Peer-Reviewed Publication

Kumamoto University

image: ROR1 is a cell surface receptor that promotes hyperproliferation, metastasis, and relapse in PDAC when highly expressed. Suppressing ROR1 reduces PDAC growth. view more 

Credit: Masaya Yamazaki from Kumamoto University, Japan

(ポイント)

  • 膵がん組織を構成する多様ながん細胞を1個ずつ調べることで、その中に存在する新たな膵がんのがん幹細胞を発見しました。
  • ROR1高発現がん幹細胞は、膵がんの転移や再発を担う“がんの芽”として重要な役割を持つことを明らかにしました。
  • ROR1の発現を実験的に抑制することで、がん進展の顕著な抑制に成功しました。
  • ROR1の遺伝子発現はYAPやBRD4といった転写共役因子により調節されることを明らかにし、BRD4阻害剤を処置することで膵がんのROR1発現と増殖を抑制しました。
  • 本研究成果は、難治性がんである膵がんに対し、がんの芽を摘む新たな切り口での治療法開発に貢献することが期待されます。

 

(概要説明)

膵がんは非常に予後の悪い難治性がんであり、新たな治療法の開発は喫緊の課題です。特に、早期からの遠隔転移や化学療法後の再燃が膵がんの特徴であり、これらのがん進展は膵がん患者の予後に大きく影響しています。一方で、転移や再発の原因と考えられているがん幹細胞の存在は、膵がんではほとんど明らかにされていませんでした。

熊本大学大学院生命科学研究部の山﨑昌哉学術研究員、山縣和也教授の研究グループは、同大学の発生医学研究所、熊本保健科学大学、および筑波大学との共同研究により、膵がん組織を構成する多様ながん細胞の親玉である新たながん幹細胞を同定し、がん進展における重要な役割と治療標的としての有用性を示しました。このことは、がん幹細胞を基軸とした膵がん増悪メカニズムの一端を明らかにしたものであり、膵がんの新たな治療法開発につながることが期待されます。

本研究成果は、令和5年4月25日に欧州分子生物学機関誌「The EMBO Journal」においてオンライン公開されました。

※本研究は、文部科学省科学研究費助成事業、国立研究開発法人科学技術振興機構次世代研究者挑戦的研究プログラム、熊本大学健康長寿代謝制御センター研究助成の支援を受けて実施したものです。

 

[背景]

私たちの体を構成する正常組織には、恒常性維持や組織損傷時に効率よく修復を行うために重要な役割を果たす幹細胞が存在しています。近年、がん組織においても類似した細胞が少数存在し、”がんの芽”として働くことが明らかとなってきました。この細胞はがん幹細胞と呼ばれ、治療抵抗性や転移の際にタネとして他臓器へと生着する能力を持つと考えられています。このがん幹細胞を深く理解し、治療標的としての糸口を探ることは、がん種を横断してがん撲滅へ繋がる可能性を秘めています。

膵がんは、早期からの転移や化学療法に対する治療抵抗性が特徴でありますが、この難治性をもたらす原因としてがん幹細胞がドライバーである可能性が示唆されています。一方で、膵がんでは実際にがん幹細胞が存在するのか、またそのがん幹細胞が治療標的になりうるか、については十分に明らかとなっていませんでした。

 

[研究の内容と成果]

本研究は、膵がん組織を構成する多様ながん細胞を1細胞ずつ個性付けることでがん幹細胞を同定し、そのがん幹細胞がどのようにして存在しうるのか解明することを目的としました。

 

膵がん組織中には可塑性の高いpartial EMT様のROR1高発現細胞が存在する

まず、マウスを用いて作製したヒト膵がん組織を用いて、その組織を構成するがん細胞の個性を1細胞ずつ精緻に観察する1細胞遺伝子発現解析を行いました。すると膵がん組織には、可塑性が高いとわれるpartial EMT※1様の特徴を持つ細胞が存在することを明らかにしました。また、この細胞に特徴的な目印となるタンパク質として、チロシンキナーゼ型受容体※2の一種であるROR1※3を同定しました。さらに、同様の特徴を持つ細胞は実際の患者さんの膵がん組織にも存在することを確認しました。

ROR1高発現細胞はがん組織を再構成する能力が高い

がん幹細胞は、その細胞単独でがん組織を再構築する能力(がん原性)があると言われています。このがん原性を評価するため、膵がん組織からROR1高発現細胞とROR1低発現細胞を分取し、免疫不全マウスに移植する試験を行いました。その結果、ROR1低発現細胞はほとんどマウスに生着できなかったのに対し、ROR1高発現細胞は高効率でがん組織を作り出せることが明らかになりました。

ROR1高発現細胞は転移や化学療法後の再燃を促進する

次に、このROR1高発現細胞はがん進展を促進するか調べました。転移マウスモデルを用いた試験を行ったところ、肺や腸間膜リンパ節への転移病巣にはROR1高発現細胞が多く存在することが判明しました。そこで、ROR1の発現を抑制すると、転移を顕著に抑えることに成功しました(図2)。また、再発マウスモデルを用いて化学療法後に生き残ったがん細胞を解析したところ、治療前と比較してROR1高発現細胞が多く存在することがわかりました。この状態で化学療法を中断すると数週間後にがん組織の再増生が見られますが(再燃)、化学療法と同時にROR1の発現を抑制することで、再燃を抑えることに成功しました。これらの結果は、ROR1高発現細胞が膵がん増悪の主要な原因であることを証明する重要な知見です。

ROR1を標的とした新たな治療法の提案

ここまでの研究で、ROR1は膵がんにおけるがん幹細胞の新たな目印としてだけでなく、ROR1自体が機能を持ってがん幹細胞の能力に寄与していることを明らかとしました。最後に、ROR1の発現抑制を引き起こす薬剤を見出すことを目的に、ROR1の遺伝子発現がどのように制御されているのか探索を行いました。すると、ROR1はYAPやBRD4といった転写共役因子※4によって遺伝子の転写が制御されていることを明らかにしました。さらに、膵がんのオルガノイド※5にBRD4阻害剤を処置したところ、ROR1発現と増殖の抑制を確認しました。BRD4阻害剤は、膵がん治療として開発が進んでいる薬剤の1つです。この結果は、膵がん患者へのBRD4阻害剤利用に対して新たな効果を付加するものであります。

 

[展開]

本研究は、膵がんにおけるROR1高発現がん幹細胞の存在と転移・再燃におけるその重要な役割を明らかにするとともに、ROR1を標的とした膵がん治療法の有用性を示唆するものです。このことは、膵がんのさらなる病態理解にとどまらず、ROR1に注目した将来的な創薬への貢献が期待されます。さらに、ROR1は様々ながんで発現が報告されていることから、癌種横断的なROR1高発現がん幹細胞の存在解明へと波及効果が期待されます。

 

[用語解説]

※1 EMT:上皮間葉転換(epithelial-mesenchymal transition: EMT)とは、上皮細胞が可塑性の高い間葉系細胞の形質を獲得する現象です。特にがん細胞では、転移における浸潤能力を得るための初期状態であると考えられています。最近、完全に間葉系細胞へと状態を変化させること(full EMT)に対し、一部の状態変化にとどまる現象が確認されpartial EMTと表現されています。このpartial EMT状態は、転移だけでなくがん原性の強さや治療抵抗性との関連が示唆され始めたところです。

※2 チロシンキナーゼ受容体:細胞表面に存在する受容体であり、成長因子、サイトカイン、ホルモンなどを認識し、チロシンを自己リン酸化することで細胞内にシグナルを伝えます。多くのがんでは、チロシンキナーゼ受容体の遺伝子変異や増幅による過剰なシグナル伝達が起こり、細胞の過増殖が引き起こされることが知られています。

※3 ROR1:肺の発生に重要な役割を持つ遺伝子の1つです。最近、正常の組織に比べて多くのがん組織で発現が亢進していることが報告されています。

※4 転写共役因子:DNAに結合し、遺伝子の発現制御を担うタンパク質を転写因子といいますが、この転写因子と複合体を作り、効率的な転写制御を助けるタンパク質を転写共役因子といいます。

※5 オルガノイド:試験管の中で三次元的に作製した小さな臓器様培養細胞塊。この細胞塊は、従来の平面的な培養では見られない多様な細胞から構成される組織の複雑さを一部持ち合わせる特徴があります。


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