News Release

「 胚盤胞補完法を用いた機能的な副甲状腺再生 」 ― カルシウム応答性をもつ副甲状腺を動物体内で構築 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: A. Overview of the parathyroid gland production method in this study. B. Fluorescent images of mouse ESC-derived PTGs generated in PTG-deficient mouse by single-step blastocyst complementation. Left: tdTomato, middle: antibody staining for Parathyroid hormone, right: merged image. C. Transplantation experiment of mESC-derived PTGs into mice modeling post-surgical hypoparathyroidism. The plasma ionized [Ca] (left graph) and the plasma stimulated PTH 1-84 (right graph) were recovered in mice transplanted with the produced PTGs. view more 

Credit: Stem Cell Therapy Laboratory, TMDU

 東京医科歯科大学 高等研究院 卓越研究部門 幹細胞治療研究室の中内啓光特別栄誉教授、水谷英二連携研究員、加納麻弓子連携研究員の研究グループは、筑波大学、聖マリアンナ医科大学との共同研究で、多能性幹細胞※1のキメラ※2形成能を利用した「胚盤胞補完法」により、副甲状腺欠損マウス体内にマウスES細胞由来の副甲状腺を作製することに成功しました。この研究は、文部科学省科学研究費補助金ならびに日本医療研究開発機構 再生医療実現拠点ネットワークプログラム 疾患・組織別実用化研究拠点(拠点C)の支援のもとで行われたもので、その研究成果は、国際科学誌Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)に、2023年6月28日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】
 副甲状腺は甲状腺の周囲に存在する米粒大のとても小さな内分泌器官です。臓器としての大きさとは裏腹にその機能は極めて重要で、ホルモン分泌を介して体内のカルシウム代謝を制御しています。甲状腺あるいは頸部の病気で必要な外科手術や放射線治療により、副甲状腺機能が障害されることあります。副甲状腺機能低下症に陥ると、ビタミンD製剤やカルシウム製剤を、生涯にわたり毎日欠かさず内服しなければなりません。しかしながら、副甲状腺機能低下症に対するこのような補充療法は、血中カルシウム濃度に応じて細かく変動するホルモン分泌を完全には再現できず、時に弊害を来すことが知られています。研究グループは、副甲状腺の再生医療が、このような従来治療の問題点を解決し、より生理的かつ安全な治療手段となり得ると考えました。
 副甲状腺を再生するためのアプローチとして、試験管内で多能性幹細胞から副甲状腺のホルモン分泌細胞への分化を誘導する方法があります。海外の研究グループからは、この方法で副甲状腺様細胞が作製されたとする研究論文が出ていますが、カルシウム濃度に応じて副甲状腺ホルモンの調節ができるかどうかや、動物体内で機能するかどうかについては未だ検証されていません。副甲状腺に限らずすべての内分泌臓器で重要なことは、ホルモンを分泌すること、そして、周囲の環境に応じてその分泌を調節できることです。
 本研究では、試験管内ではなく、動物体内で臓器を構築する胚盤胞補完法の技術を用いて、多能性幹細胞由来の機能的な副甲状腺を作製することを目指しました。

【研究成果の概要】
 研究グループは、動物の発生過程を利用する臓器再生法である胚盤胞補完法により、副甲状腺欠損マウス体内にマウスES細胞由来の副甲状腺を作製することに成功しました(図A)。胚盤胞補完法は、遺伝的に臓器が欠損する動物の体内で、多能性幹細胞由来の臓器を作製する手法です。臓器欠損動物の着床前胚にドナー多能性幹細胞を注入してから代理母の子宮に移植すると、本来は欠損する臓器がドナー細胞により正常に形成されたキメラ個体が生まれます。この手法を、齧歯類(マウス・ラット)や大型動物(ブタなどの家畜)に適応することで、ヒトの細胞のみで構成された移植用臓器を得ることができます。患者本人の多能性幹細胞を使うことにより、免疫抑制剤を使わなくても拒絶されない臓器も作製可能です。
 本研究では、マウスモデルを用いて、胚盤胞補完法により機能的な副甲状腺を作製できることを証明しました。はじめに、CRISPR-Cas9※3による受精卵ゲノム編集を用いることにより副甲状腺欠損マウスを効率的に作製しました。標的とした遺伝子はGcm2という副甲状腺発生に必須の遺伝子で、この遺伝子の機能を完全に欠くと副甲状腺ができないことが知られています。従来の胚盤胞補完法により臓器を作製する際は、両親由来の遺伝子2本の内、片方のみが機能破壊されている個体(ヘテロノックアウト個体)同士を交配させることで、両方の遺伝子が破壊された受精卵(ホモノックアウト胚)を、25%の確率で得ていました。研究グループは、野生型の受精卵に対してGcm2遺伝子の最重要領域を狙ったゲノム編集を行うことで、交配を行わなくても極めて高効率にGcm2遺伝子ホモ欠損胚(副甲状腺欠損マウス受精卵)を得ることに成功しました。これは効率性の改善だけでなく、臓器作製に用いる実験動物の数を減らすことにもつながります。Gcm2ノックアウトマウスは副甲状腺を欠くことで副甲状腺ホルモンを分泌できず、重度の低カルシウム血症に陥り、生後直後に死亡します。
 次に、胚盤胞補完法を用いて、このGcm2ノックアウトマウス受精卵にマウスES細胞を注入してキメラマウスを作製しました。多くのキメラマウスが正常に成体まで発育し、正常な血中カルシウム濃度を示し、低カルシウム血症等による合併症を来すこともありませんでした。キメラマウス体内の副甲状腺は、マウスES細胞由来の細胞から構築されており、副甲状腺ホルモンを広く発現していました(図B)。生体が低カルシウム血症に晒された時に副甲状腺ホルモンが速やかに分泌され、低カルシウム血症を正常へと是正する機構は生命維持に極めて重要です。そこで、マウスES細胞により補完されたGcm2ノックアウトマウスに対して、炭酸水素イオンにより人為的に低カルシウム血症を惹起したところ、通常のマウスの副甲状腺と同等程度に副甲状腺ホルモンを分泌することがわかりました。以上のことから、胚盤胞補完法を用いてGcm2ノックアウトマウス内に作製されたマウスES細胞由来の副甲状腺は、①副甲状腺ホルモンを介して血中カルシウム濃度を正常に維持する、②末梢の低カルシウム刺激に応答して副甲状腺ホルモンを分泌する、という2点を満たし、成熟した内分泌器官であることが示されました。
 次に、マウスES細胞由来の副甲状腺が移植臓器として機能するかどうかを検証しました。臨床上、最も頻度が高い副甲状腺機能低下症は、外科手術後に起こるものです。そこで、研究グループは、副甲状腺を外科的に摘出することで副甲状腺機能低下症モデルマウスを作製し、それらのマウスの腎被膜下にマウスES細胞由来の副甲状腺を移植しました。腎被膜下移植後、血中カルシウム濃度や炭酸水素イオン投与後の副甲状腺ホルモン値に有意な改善が認められました(図C)。このことは、胚盤胞補完法を用いてGcm2ノックアウトマウス内に作製されたマウスES細胞由来の副甲状腺が移植臓器として機能し、副甲状腺機能低下症の病態を改善させることを示しています。最後に、異種間胚盤胞補完法によりGcm2ノックアウトラット体内で異種であるマウスES細胞由来の副甲状腺作製を試みました。ラット体内で作製されたマウスES細胞由来の副甲状腺は、遺伝子発現解析により、成熟した組織であることが示唆されました。
 
 【研究成果の意義】
 受精卵ゲノム編集による効率的な臓器欠損胚の作製と胚盤胞補完法とを組み合わせることが、臓器補完の有用な手段となることが示唆されました。さらなる改良は必要であるものの、異種間での副甲状腺作製が可能であるという本研究結果は、将来のヒト-動物間胚盤胞補完法による内分泌臓器作製の可能性を示すものであり、機能的な内分泌臓器の再生および再生臓器の移植治療に貢献するものと期待されます。


【用語解説】
※1多能性幹細胞・・・・・・・・胎盤などの組織(胚体外組織)を除く体中のさまざまな組織に分化する能力をもつ細胞。多能性幹細胞には2種類あり、受精卵に含まれる細胞を培養した細胞は「胚性幹細胞(ES細胞)」、体細胞に遺伝子を導入して人工的に樹立した細胞を「人工多能性幹細胞(iPS細胞)」という。


※2キメラ動物・・・・・・・・キメラ動物とは、2つ以上の遺伝的背景の異なる細胞によって構成された1つの生物であり、1つの受精卵から異なる遺伝形質をもった細胞が出現するモザイクや、異なる遺伝形質をもつ動物同士の交配でできるハイブリッドとは異なる。キメラ動物は、胚と胚の融合、胚への多能性幹細胞の注入によって作製できる。


※3 CRISPR-Cas9によるゲノム編集・・・・・・・・原核生物の有する獲得免疫機構であるCRISPR/Cas9システムをもとに開発された遺伝子改変技術。 ガイドRNA(gRNA)という標的を指定するRNAと、二本鎖DNA切断活性を有する Cas9 タンパクを細胞内に導入すると、核に移行した後、gRNAと相補的なゲノムが特異的に切断される。切断されたゲノムDNA は細胞が元々もっているゲノム修復機構でつなぎなおされるが、この際に微小なエラーが生じることがあり、これを利用してgRNAが標的とするゲノム部位の機能を欠損させる。
 


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