News Release

芽を生み出すかどうか、植物カルス細胞の分化を運命づける因子をつきとめた

植物の器官再生能力を制御する新たな仕組みを発見 〜農作物の組織培養効率を飛躍的に改善する技術開発に期待〜

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: Mutually repressive WOX13 and WUS play key roles in cell fate specification of pluripotent callus cells. Schematic illustration of the regulatory mechanisms (left) and spatial expression patterns of WOX13 and WUS in callus cell population (right). view more 

Credit: Momoko Ikeuchi

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑一裕)先端科学技術研究科バイオサイエンス領域の池内桃子特任准教授(理化学研究所環境資源科学研究センター客員研究員)と新潟大学大学院自然科学研究科の小倉菜緒(研究当時博士前期課程;奈良先端大特別研究学生)らは、理化学研究所環境資源科学研究センターの杉本慶子チームリーダー(東京大学大学院理学系研究科教授)、東京医科歯科大学難治疾患研究所ゲノム機能情報分野の二階堂愛教授(理化学研究所生命機能科学研究センターチームリーダー)、中部大学の鈴木孝征教授らの研究グループと共同で、さまざまな器官の細胞に分化し得る多能性を持ったカルス細胞から芽を生み出す効率を劇的に向上させる新しい方法を発見しました。植物の器官再生能力を制御し細胞分化を運命づける因子(タンパク質)をつきとめ、この因子を調節することにより高効率で新たな芽を生み出す道を拓いたものです。本研究の成果を農作物に応用することで、遺伝子工学に欠かせない組織培養技術の効率を飛躍的に改善でき、食糧の安定供給に貢献することが期待できます。この研究成果は、米国時間の2023年7月7日(金)付で、AAAS(アメリカ科学振興協会)の学術誌「Science Advances」に掲載されました。

【背景と目的】

植物は体組織の一部を無菌的に培養する組織培養系を用いることで、多能性を持ったカルスを形成できます。さらに、植物ホルモンのサイトカイニンを高濃度で含むシュート誘導培養でカルスを培養すれば、カルスからシュート頂分裂組織(SAM)を形成した後に、葉や茎などの器官を永続的に生み出して、最終的には植物体を再構築できます。組織培養系を用いた器官新生はバイオテクノロジーに欠かせない基盤技術ですが、重要な作物品種の中には再生能力が乏しい例も多く、技術的なボトルネックとなっています。そこで、植物の器官再生能力を制限する仕組みを理解し、再生効率の向上につながる基礎科学的成果が強く求められています。

【研究手法と成果】

これまでに池内特任准教授らがモデル植物シロイヌナズナを用いて器官再生の制御因子を解析する中で、傷口の組織修復と切断された器官の再接着に必要な因子(転写因子)としてWUSCHEL-RELATED HOMEOBOX 13(WOX13)というタンパク質を同定していました。今回、wox13機能欠損型変異体(wox13変異体)では組織培養系においてシュート新生の効率が著しく向上していることを発見しました。また、野生型ではカルスの表面に形成される高度に肥大化した細胞が、wox13変異体では著しく減少していることも明らかになりました。この観察結果に基づき、WOX13は多能性を持ったカルス細胞が、幹細胞を含むSAMになるか、肥大化細胞などの幹細胞でない細胞になるかという細胞の分化運命を制御することによって、SAMの形成を抑えているのではないか、という仮説を立てました。

シュート誘導培地で培養されたカルスには様々な形状や大きさの細胞が含まれていますが、それらがどのような細胞なのかという知見はこれまでに得られていませんでした。そこでWOX13がカルス細胞の分化運命を制御するという仮説を検証するために、世界最高峰の精度を誇るシングルセルRNA-seq解析技術である「Quartz-Seq2」を初めて植物細胞に応用しました。この技術は、カルスを構成するひとつひとつの細胞でRNAの塩基配列を調べ、その量や種類を決定するものです。得られたデータに基づき細胞の種類をカタログ化した結果、カルスには19種類の細胞が含まれていることが明らかになりました。また、wox13変異体では含まれる細胞種の割合が変化していることも判明し、仮説を裏付ける結果が得られました。

次に、WOX13と同じ遺伝子ファミリーに属するWUSCHEL(WUS)との関係に着目しました。WUSはカルスからSAMを生み出すのに必要であることがすでに知られていますので、WOX13とWUSという構造が似た2つの因子がシュート新生に対して逆の制御をしているといえます。カルスの細胞を生きたまま観察し続けWOX13とWUSの発現する細胞を調べたところ、それぞれの領域が徐々に分かれて、異なるテリトリーを形成していく様子も観察できました。さらに詳しく調べるとWOX13とWUSはお互いの発現を抑制し合っていることも分かり、これら因子が多能性を持ったカルス細胞の分化運命を制御していることが明らかになりました。

【今後の展開】

本研究では、カルスの細胞運命を制御することで器官新生の効率が劇的に変化するという新しい制御メカニズムを見出しました。WOX13は陸上植物全般に広く保存された因子であり、今回モデル植物を用いて見出されたものと同様の制御メカニズムが農作物でも働いている可能性が高いといえます。したがって、カルスからの器官新生がうまくいかない作物品種でWOX13の機能欠損型変異体を作出すれば効率的にシュート新生が起こるようになるかもしれません。今後は、WOX13が細胞の分化運命を制御する詳細な機構を明らかにするとともに、カルスに含まれる様々な細胞が果たす役割も明らかにしていきたいと考えています。

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【論文情報】

タイトル: WUSCHEL-RELATED HOMEOBOX 13 suppresses de novo shoot regeneration via cell fate control of pluripotent callus

著者: Nao Ogura, Yohei Sasagawa, Tasuku Ito, Toshiaki Tameshige, Satomi Kawai, Masaki Sano, Yuki Doll, Akira Iwase, Ayako Kawamura, Takamasa Suzuki, Itoshi Nikaido, Keiko Sugimoto, Momoko Ikeuchi

掲載誌: Science Advances

DOI: 10.1126/sciadv.adg6983

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses117.html

【用語解説】

多能性:さまざまな器官になることができる潜在的な能力のこと。

カルス:器官の切断やホルモン処理などの刺激に応答して形成される細胞の塊のこと。

シュート:茎や葉など、植物の地上部にできる器官系のこと。若いシュートのことを一般的に芽と呼ぶ。

SAM (シュート頂分裂組織):茎の先端にあり幹細胞を含む分裂組織のこと。

機能欠損型変異体:特定の遺伝子の機能が損なわれた系統のこと。

幹細胞:分裂して自己を複製するとともに分化細胞を生み出す性質を持った細胞のこと。

シングルセルRNA-seq解析:ひとつひとつの細胞において発現している遺伝子群を網羅的に調べること。


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